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2007年3月20日
「永年在職表彰」

きょうの衆議院本会議で、議員在職25年の表彰を拝受致しました。
これも、地元選挙区をはじめ、長きに渡り、支えて下さった多くの皆様のお陰と、衷心より感謝申し上げます。
以下、きょうの本会議で申し上げた御礼を掲載させて頂きます。


 ただいま院議をもちまして、在職25年の表彰を忝なく致しました。議会人として大変光栄な事と存じ、心より御礼を申し上げます。
 過ぐる四半世紀、変わらずこの麻生太郎を支援して下さった地元選挙民の皆様、何かとご教示を下さった党内外の諸先輩並びに同僚諸氏に対し、心より御礼を申し上げます。身辺を支えてくれた秘書と家族の者にも、この際礼を忘れるべきではありますまい。
 本来ならば、この壇上に私と同様の選挙経歴をもって、永年在職の表彰を受けるべき亀井善之先生の姿があるところでした。志半ばにて昨年急逝された亀井善之先生の御霊共々、本日同僚議員の皆様に改めて、御礼申し上げます。
 さて、脳裏に浮かびますのは、二期目を終えた昭和58年の選挙において、落選した思い出であります。この年、私は結婚をいたしました。それが11月の3日。翌12月18日の選挙で落選いたしましたから、新婚一月半で亭主は無職と、あいなりました。
 なぜか支持者は深刻ぶるでなし、むしろ落ちるも一興と、これを楽しむ風情すらあったものですが、私はかなり落ちこみました。
 そんな時です、東京で田中角栄先生とバッタリ、御目にかかりました。
 「オイ」と先生は単刀直入でした。「お前、何で落ちたんだ。何票足りなかったんだ。」と、例のダミ声で矢継ぎ早に聞かれました。「それで一体何票取った」と聞かれますから、「75,412票です」と答えました。「再下位当選は何票だ」と畳み掛けます。「共産党の候補者が78,090票で滑り込みました」と答えますと、「いいか。お前はその差、8万人分の2,678人分だけ変わればいいんだ。おまえに欠けているのは、たったのそれだけだ。分かったか。当選したら皆良かった、落選したら全てが悪かった、そんなバカな事があるか。分かったか・・・・」
 電流に撃たれた心地でした。あまり合理的な話ではありませんが、私を納得させる説得力がありました。私は、政治家として、本物たるべしの自覚を持つに至りましたのは、この時であります。3%ぐらい変われば良いんだと考え、以来、本来の自分を忘れずに、雪辱を期し二年半後、昭和61年の総選挙では、当時の選挙区新記録の134,179票をいただき、首位で返り咲くことを得たのであります。
 以来、今日まで連続当選を重ねてきました。初当選当時、石炭鉱害の弊害を、話の冒頭、枕詞に上げねばならない程、私の地元、筑豊は疲弊いたしておりました。
 しかし、今日お陰様で、我が国で初のIT学科を有する国立九州工業大学の地元誘致を契機に、そこで育成された地元の優秀な人材と高い労働意欲をもつ人材を求めて、今日では九州トヨタをはじめ、ニッサン、ダイハツなどの自動車産業の企業進出がはかられ、結果として、福岡県は自動車生産量で、愛知県に次ぎ全国第2位になるまで、その経済力を回復させるところまでまいりました。
 私は、今後とも、地方経済の成長なくして日本の元気は回復しないし、その底力が日本にはあると、確信して活動して参ります。
 日本の将来に明るさを見、未来に自信をもって、政治家として、変わらぬ精進をしてまいることをここにお誓い申し上げ、謝辞とさせていただきます。有難うございました。




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